ボスコフの夢

ロシアW杯に行く前に、サッカーのことを考えた。

ワールドカップというやつ

近所の神社のお守り、ありがとう。飛行機の安全運転、ありがとう。現地の警察・軍隊・ボランティアの方々、スパスィーバ。通帳残高と収入は減ったけれど命に別状はなく、無事、ロシアに行って帰ってこれました。はじめてのワールドカップについて書いておきます。

 

モスクワの街なかに各国のサッカーファンがうようよ

乗り継ぎの飛行機に、空港に、地下鉄に、サッカーのユニフォームやジャージを着た人たちが当たり前のようにいました。赤の広場やその周辺を歩いてみても、モスクワでの試合が近づくベルギー、チュニジアをはじめ、ブラジル、アルゼンチン、コロンビア、フランス、クロアチア、ドイツなど、どこかの国のユニやTシャツを身にまとう人たちが、笑えるほどうようよ。メキシコのファンは、つばの広い帽子を被っていて目立ちます。そしてときおり、どこからともなく歌が聞こえてきます。チュニジアのファンは車から身を乗りだして旗を振り、歌い、警察車両に注意されてもかまうことなく、赤の広場のほうへ進んでいきました。

グム百貨店のFIFAオフィシャルショップでレジに並んでいると、前にいたモロッコ系オランダ人が話しかけてきました。「どこから来たんだ?」「それどこに売ってるの?」とか、試合の話とか。こちら、なけなしの英語力を振り絞っての異文化コミュニケーションです。FAN FESTではブラジル対コスタリカパブリックビューイングアディショナルタイムコウチーニョの先制点が決まり、近くにいたブラジル人とハイタッチして喜びました。ロシアの首都に、世界各国からサッカーファンが集まってきている。そんな実感を得ました。

 

スパルタクのフードコートで相席。ここいいですか?

ベルギー対チュニジアの試合当日。僕と妻が乗った地下鉄にはベルギーファンが多くいて、スパルタクスタジアムの最寄り駅に到着すると、歌いながら行進する彼らについて地上に出ました。スタジアムまでの道のり。ベルギーとチュニジアのファンを中心に、他国のユニを着た人たちも観戦に来ています。ドルトムントガンバ大阪もいます。

スタジアムのフードコートのテーブルで、「ここいいですか?」と相席させてもらったのは、ロシアとドイツ2つの国籍を持ち、POCCИЯ(ロシア)の文字のキャップが粋なおじさんと、その連れのサングラスが似合うロシア人のお兄さんでした。妻を残し、僕がビールを買いに行っている間に、金歯だらけのロシア人のおじさんが増えていて(心の中でゴールディーと名づけました)、テーブルは5人編成に。すると、ロシアキャップのおじさんは端に寄り、僕の座るスペースを空けてくれました。やさしいです。そのあと、金歯おじさん(ゴールディー)と入れ替わりで、ベルギーユニのおじさんが着席。なにやら「sick(病気)」だそうで錠剤を取りだし、コーラで流し込んでいました。みなさんとつたない英語で会話して、記念撮影。先に席を立ったゴールディーは、あとで僕を見つけて「一緒に写真を撮ろう」と声をかけてきてくれました。試合前、サッカーファン(ほぼシニア層)と、なごやかな交流のひとときでした。

 

自分のことをよそ者だとかこれっぽっちも感じません

僕らが試合を観戦したのは、バックスタンドのチュニジア寄りの席。すぐ前はベルギーファンの若者3人組で、終始にぎやかでした。その隣はロシア人らしき夫婦とその小さな子ども。お父さんは静かにピッチを見つめ、お母さんはゴールのたびに踊っていました。僕らの右隣は、コリンチャンスロナウドのユニを着た濃い顔のお兄さん。左隣はふだん着のイングランド人。まわりには顔を白く塗ったチュニジアファンがいたり、大五郎カットをイエローカラーで再現したブラジルファンがいたり、アジア系の人も見かけました。

試合は5対2でベルギーの勝利。大きな応援を送り続けたチュニジアファンたちは悔しかったかもしれないけれど、もともとの実力差のせいか、大量得点のせいか、世界規模のイベントだからか、グループリーグだからか、スタジアムは両国のプレーとゴールを讃える祝祭感で満ちていた気がします。そのなかで、ベルギー人でもチュニジア人でも、ロシア人でもない僕は、自分のことをよそ者だとかこれっぽっちも感じませんでした。

 

そこにいる自分を、隣にいる他人を、その偶然を祝福

4年に一度。そのタイミングで、経済面でも健康面でも状況が整っていなければ、開催国である海外に足を運ぶのは困難でしょう。チケットも取れるかどうかわかりません。仕事も休まなければなりません。だから、異なる国々で生きる人たちが、その時間・その場所を共有して、会話やグッドなフィーリングを交換することは、もう奇跡と呼びたいです。ある者は歌い、ある者は踊り、ある者は叫び、ある者は噛みしめ、ある者は微笑み、ある者は酔っぱらい、そうやってそこにいる自分を、隣にいる他人を、その偶然を祝福する。それがワールドカップというやつの正体なのかもしれません。

スパルタクスタジアムからホテルに帰ると、テレビでドイツ対スウェーデンを中継していました。フードコートで相席した、ロシア・ドイツ国籍のおじさんを思い出しました。僕は昔からドイツ代表が好きじゃないけれど、クロースの一撃でドイツが逆転勝利を収めるのを観て、あのおじさん、喜んでいるかな、よかったなと思ったのです。

 

4年に一度、地球のどこかに、夢の国が立ち現れます

モスクワの中心から外れた街角にまで、サッカーにまつわるものが目につきました。壁面のイラスト、とってつけたようなサッカーボールの装飾、売店のグッズ、試合が観戦できる飲食店。モスクワ川クルーズで船に乗ってもユニ姿の乗客がいて、船上から岸を見てもユニ姿の人がいます。ホテルのエントランスのテレビは、ワールドカップの試合を生中継・録画かかわらずに流し続け、ポーターは仕事がないのかいつも観ています。

4日間モスクワに滞在して、スタジアムで試合を観戦し、FAN FESTや観光を楽しむなかで感じたのは、この街はサッカーウイルスに冒されている、ということでした。どこに行っても、ノイローゼになりそうなくらいサッカーがあって、患者たちがうろうろしています。4年に一度だけ、地球のどこかに立ち現れる夢の国。それに今回、はじめて触れることができました。ワールドカップは、たしかに、ありました。

 

ロシアの人のやさしさに、スパスィーバで胸いっぱい

渡航前はロシアの治安だけでなく、無愛想でワイルドそうなロシアの人たちにも不安を抱いていました。結果、日本の感覚と比べて冷たく感じることはあったけれど、お店のレジが牛歩のように遅かったことはあったけれど、ホテルのバーで後半開始早々にオーダーしたビールが試合終了まで届かずなんやねんとなったことはあったけれど、それを補って余りあるほどのやさしさを、ホテルで、飲食店で、スーパーで、土産屋で、スタジアムで受け取りました。僕の無理矢理なロシア語にも耳をかたむけてくれました。

地下鉄での親切も記憶に残っています。モスクワはどの駅のドアもまあまあな重量で、前の人が押し開けたドアはけっこうな勢いで戻ってきます。手首折れるんちゃうかってくらいの重さです。だからこそなのか、ロシアの人たちはドアを開けたまま、次の人をわざわざ待っていてくれることが多いと思いました。言葉が通じにくく、異国の人の感覚がよくわからないぶん、ポジティブに捉えがちなのでしょうか。それでも、人種や性格が違っても、文化や習慣が違っても、自分がやられて嬉しいことは他人も同じく嬉しいのだな、という気分になりました。

僕はとっくに帰国し、ゲボ野郎たちが闊歩するクソな世の中を生きています。もうしばらくすると、サッカーまみれの夢の国はモスクワから消えてなくなります。

 

最後まで、文字ばかりのウザい作文を読んでいただき、ありがとうございました。